自律神経のことを、もう少し詳しくみてみましょう。

自律神経とは、「自律」ということからも分かるように、ヒトの意思とは無関係に、ひとりでに調節してくれる神経のはずで、交感神経と副交感神経があります。交感神経は、敵に襲われたときに逃げたり闘ったりしやすいような状態にします。瞳孔が開き、遠くまで見渡せるようになり、心拍が多くなり、全身に血液をみなぎらせます。ただし、皮膚表面の血液は重要ではないので表面の血管は収縮して血流が減ります。もう一方の副交感神経は、これとは逆に休息に適した状態に調えます。食事や排泄が スムーズにいくようになるはずです。

自律神経が乱れると、ゆっくり休みたいのに、興奮して眠れない、眠ってもすぐに起きてしまう。食事をして消化吸収してくれるはずなのに、うまく消化してくれない、排便もスムーズにできない。逆に、集中して仕事をしたいのに、やる気が起きてこない、常にだるい感じがする、ということが起きてきます。

これら自律神経というものは、生物が進化してくる早い段階からあり、とても歴史の旧いものです。それがなぜ乱れるのか?自律神経の歴史を紐解いてみましょう。

生物がこの地球上に誕生したとき、それは単細胞生物、つまりひとつの細胞からなる生物でした。ひとつの細胞が、太古の海の中にぷかぷか浮かびながら、あらゆる機能を果たすことができます。周りの海水から食べ物を取り入れて、消化・吸収、代謝して、排泄します。

その後の進化で、このような細胞が寄り集まって多細胞生物が生まれます。最初は単純なもので、岩に張り付いた管でした。1本だけのイソギンチャクをイメージしていただけたら分かるでしょうか。口と肛門が同じで、体全体がどん詰まりの消化管のようなものです。

年月を経て、岩から離れて泳ぐようになります。そうなると、口から入れた食べ物が後ろへと進んで、尾っぽの方から排泄されるようになります。ただ、それだと餌は消化管を素通りしていってしまうので、くびれて溜めておくことができる構造が必要になります。そうやって胃袋ができ、さらに消化のための肝臓やすい臓が発達していきました。

こうして体の構造が複雑になると、体中の細胞がバラバラに働いたのではうまく機能が果たせません。体全体が統一した機能を果たせるように発達していったのが神経、現在の自律神経というわけです。

さて、最初は海水中を漂うように動いていた動物も、次第に素早い動きができるようになります。それを可能にしたのが、体の表面の神経や筋肉の発達です。さらに進化が進んでいくと、内臓の表面に筋肉が発達するようになり、そこに神経が分布するようになります。蠕動運動によって食べ物を口から肛門の方向へ送っていくことができるようになります。

やがて海中から陸上へと生活の場を移す動物が出てきます。そうすると、これまで鰓呼吸だったものが肺で呼吸をするようになります。みなさんが呼吸するとき、肺そのもので呼吸しているのではありません。肺は単なる袋でしかなく、横隔膜と肋骨の周りを囲む筋肉によって伸び縮みさせられることで空気が出入りするわけです。

もともと消化管しかなく、消化吸収だけだったところに、筋肉と神経がどんどん関与していく構造になっていきます。食べ物の豊富な海中とは異なり、陸上では食べ物を求めて動き回らなければなりません。体を動かすために筋肉と神経がどんどん発達していきます。その神経の発達の先端にあるのが脳でした。そして人間に至っては、大きな脳が細かい動きと意思を持つことを可能にしました。

このような変化の中、急速に発達した脳から伸びる神経は、内臓にも介入を始めます。素早い動きを可能にするための血流に関わる心臓血管系には特に強い介入が見られるようになります。

「頭に血が上る」「恐怖で血の気が引く」というのは、文字通り、ヒトの心が血管とダイレクトに繋がっていることを示すものでしょう。陸上動物が獲物を捕らえたり敵から逃げたりするために発達したはずの構造ですが、人間の場合、今起きている目の前の状況に対応するのみならず、想像するだけで心臓がドキドキする、思い出しただけでも胸が苦しくなる、ということまで起きるようになってしまいました。

こうして、交感神経が興奮する状態をなかなか切り替えられないという事態に陥ってしまいます。逆に、その状態に耐えられなくなると、反動のように副交感神経優位になったまま、動けなくなってしまう、ということも起こりえます。

ここまで書いたような、生物の進化から自律神経の乱れを考えるきっかけを与えてくれたのは、三木成夫氏の『生命形態学序説』でした。この本は、格調高い文章で書かれていて読むのに苦労しますが、読めば読むほど味わい深く、時空を超えた世界へと引き込まれていきます。もう少し読みやすい著作として『内臓とこころ』『胎児の世界』もあります。ぜひ一度手に取ってみてください。

動物の進化の過程で最初に現れた腸管というのは、栄養を入れて出すだけの言わば植物と同様の機能しか持ちませんでした。植物と同様、太陽、月、星などの外の世界の影響を受けながら生きていました。

それが、上陸して自ら動き回らなければならなくなると、目の前にある環境や外敵の情報を的確に捉えられなければ生きていけません。進化に伴って、次第に目の前のことに振り回されるようになっていきます。

三木氏は植物同様の機能を持つ器官(消化器、呼吸器、泌尿生殖器)を植物性器官、動物特有の機能を持つ器官(脳・神経、感覚器、筋骨格)を動物性器官と呼んでいます。人間はこの動物性器官を目先の情報によってフル回転させられているように思います。植物性器官は、本来遠い天体の情報を受けて機能していたわけですが、近くの情報ばかりに振り回されていると、遠い情報を受け取りにくくなって本来のリズムから外れてしまう。これが自律神経失調、とも言えます。自律神経失調から解放されるためには、遠くからの情報を受け取るべく、目の前の情報をシャットアウトする必要があると思います。

“gut feeling”「腑に落ちる」という表現がありますが、内臓の深いところで感じる声に耳を傾けることが、ますます大事な時代になっていると思います。