夕方、家の周りを散歩しました。まだ五月なのに、日中は夏のように暑い日でした。それでも、日が落ちてくると肌に触れる空気がちょっとひんやり感じられます。

それと同時に「ああ、空気がしっとりしている」と感じました。

今、「ひんやり」と感じたのと、「しっとり」と感じたのは、同じような仕組みなんだろうか?

散歩をしながら、そんなことを考えていました。

寒いと鳥肌が立ちます。立毛筋が収縮して、熱を逃がさないようにする、というか、毛で覆われていたころの名残で、毛を立てて体の周りの空気層を厚くしようとするのでしょう。

暑いと汗が出て、気化熱を利用して体温を下げようとします。

しかし、そもそも冷たさを感じているのは、皮膚の真皮層にあるクラウゼ小体という冷覚受容器です。神経組織のひとつですね。皮膚1平方センチメートル当たり15個程度だそうです(ちなみに温覚受容器は2個)。

気になって、湿度の神経受容器があるのだろうかと調べてみると、どうやら見つかっていないようなのです。でも、経験から考えても、皮膚は確実に湿度を検知してそれに反応している、と感じます。

梅雨の時期の空気と、秋晴れの日の空気と、湿度がまったく異なることは、経験上感じていると思います。梅雨の時期の空気がべたつく、という感じ、分かりますよね。

もっと極端な話をすれば、お風呂場の空気の湿度はよく分かりますね。

で、それをどこで感じているのだろうと考えてみると、皮膚の表面しかありえないのです。もちろん吸い込んだときの気道の粘膜でも感じているでしょう。神経線維は皮膚や粘膜の最表層までは達していないので、表皮の細胞、あるいは粘膜の細胞それ自身が、湿度を何らかの形で感じ取っているはずです。

皮膚には視覚、聴覚があり、あるいは記憶し、予知する力がある。

これは、『驚きの皮膚』(傳田光洋著)の帯に書かれている言葉です。

このかたの著書はこれまでにも読んでいて、数年前に『第三の脳―皮膚から考える命、こころ』に出会ったときはちょっとした衝撃でした。

皮膚は、外界との境界に位置し、外界の情報を得る最前線にあります。

一見、単に物理的に外界と隔てる役割しかしていないように思ってしまいがちですが、進化の歴史を考えてみれば、さまざまな機能を持っていることも納得できます。

単細胞生物であるゾウリムシは脳を持ちませんが、その最外層である細胞膜であらゆる情報を得て判断し、行動しています。

私たちの祖先も、そもそもは太古の海に浮かぶ単細胞生物でした。そこから進化して多細胞生物になり、イソギンチャクのような最も単純な構造の多細胞生物になったときのことを考えてみましょう。外側を覆う1層の細胞群と内側を覆う一層の細胞群から成り、外側の細胞群は外界の情報を得て近づくか離れるかの行動を決定します。内側の細胞群は、餌として取り入れたものから栄養として吸収するのか、不要なものとして排出するのか、を決定するのです。

現在の私たちの思考・行動を考えてみれば、私たちの脳が行っている機能をひとつひとつの細胞が行っていたということが分かります。

そのような働きが、私たちの細胞ひとつひとつの遺伝子に刻まれていても不思議ではありません。特にヒトの皮膚は体毛がなくなり、外界とじかに接するわけですから、外界の情報処理を一手に引き受けているはずなのです。

そして、情報処理だけでなく、行動まで起こしているというのです。

乾燥が強くなると、皮膚の水分が奪われないように、皮膚の最外層である角質層を分厚くする、ということが起きてくるようです。ただし、それには1週間ほどの時間がかかるそうです。それまでの間、皮膚はどうするのでしょうか。

極端に湿度が低下すると、表皮細胞の増殖が速くなります。また、確執層直下で炎症を引き起こす物質の合成が始まります。さらに免疫系の最前線にあるランゲルハンス細胞の数も増えてきます。

これらの結果として、この状態の皮膚は外部刺激に対してとても敏感になっています。炎症やアレルギー性の反応が乾燥した環境下で起きやすくなるのもうなずけます。

角層が分厚くなって乾燥した環境に順応するまでの間、万が一、角層に障害が起きた場合に、免疫系のバリアをより速く発動させようとする「臨戦態勢」をとっている状態と言えそうです。

皮膚の細胞は、乾燥に対して順応できる能力を持ってはいますが、湿度の極端な変化には対応できないそうです。現代社会の中では、真夏の高温多湿の屋外から、空調のガンガンにきいたオフィスビルへと何度も出入りを繰り返すことも稀ではありません。そうなると、皮膚の細胞に多大な負担がかかることは想像に難くありませんね。

皮膚のバリア回復能力には、心の持ちようも関わっています。ストレスがかかることによって回復能力が低下し、リラクゼーションによって回復能力は低下しないことが分かっています。

季節の変わり目は温度や湿度が大きく変化します。そんなときこそ、心をゆったりさせることを心がけ、皮膚への負担を軽くしたいものですね。