前回、皮膚の細胞には驚くほど多彩な働きがあるということを書きましたが、皮膚は心身の状態を物語る、という意味でも多彩な表現をしてくれます。

「病気」と書くと、いわゆる「病名」のようなものを思い浮かべてしまいがちなので、あえて「病(やまい)」としましょうか。病名がつこうがつくまいが、健康ではない状態を指していると考えましょう。

病の最初の段階は、実は皮膚に表現されることが多いのです。外界との最前線にあって、真っ先に情報を得ることができると同時に、人間本人にとっても真っ先に変化を察知することができる部分でもあります。また、臓器として考えると、生命にかかわるかどうかに関する重要度としては最も低いと考えられるでしょう(厳密に考えるとそうでもないかもしれませんが)。

つまり、乾燥してガサガサになったり、かゆみが出たり、じんましんが出たり、という形で心身に異常があることを表現します。これらの症状を表面的に抑えてしまうと、病はより深いところへ、より重要な臓器へと進んでいくことになります。

皮膚に症状が出ると、かゆみを伴うことが多いですし、見た目も気になりますので、とにかくかゆみを無くしたい、湿疹を無くしたい、と思いますが、なぜかゆみが出るのか?なぜ湿疹が出ているのか?をしっかり考えなければなりません。

じんましんが出たりすると、「変なものは食べていないんですが」と言われる患者さんが多いのですが、実際には食べ物が原因で出ることはとても少ないのです。もちろん、食物アレルギーがあれば別ですが、お子さんだと風邪のひとつの症状として出ることが多いですし、大人で慢性のじんましんとなると、ストレスが原因のことがとても多いのです。

私自身、元々アレルギーがあるわけではないのですが、数年前に母が危篤になったときから、その後亡くなり、亡くなった後の諸々のことが片付くまで、毎晩じんましんが出ていました。家の中に落ちている埃をつまんだだけで、手全体がかゆくなったりしたものです。

慢性のじんましんで通院されていた患者さんが「よく眠るようになったら、じんましんが出にくくなった」と言われていたこともあります。

また、会社のパワハラで悩んでいた患者さんが、「会社を辞める」と決心したとたんにじんましんが出なくなったという例もあります。

じんましんだけではなく、脂漏性湿疹と考えられるような頭皮の湿疹が続いていた別の患者さんも、「会社を辞める」と宣言したとたんに湿疹が出なくなったということがありました。

仕事は同じように続けていても「辞める決心」が重要なのですね。どうしようか迷っている状態、というのが最もストレスが大きいと言われていますから。

ひとくちに「ストレス」といっても、何がストレスになるかはひとりひとり異なりますし、本人も自覚がないことがあります。

私の娘は、生まれたときから皮膚はきれいで、特にアレルギーもなく、アトピー性皮膚炎を思わせるような皮膚ではなかったのですが、小学校へ入る数か月前から、全身の皮膚がいわゆる「アトピックスキン」と呼ばれるようなガサガサの皮膚になっていきました。かゆみはそれほど訴えませんでしたが、いとこにはアトピー性皮膚炎の子が多いので、この子も?と心配になりました。ただ、ちょうど下の子が生まれた時期でしたので、そのストレスもあるのか?とも思いました。

保育園も小学校も大好きで、毎日楽しく通っていました。その間も、皮膚の状態は変わりませんでした。そして、夏休みが始まったとたん、皮膚が「つるん」ときれいになったのです。これにはびっくりしました。そして、9月になって学校が始まると、また皮膚がガサガサし始めたのです。こういう状態は、小学校の3年生くらいまで繰り返し続きましたが、その後はきれいな皮膚になりました。

皮膚の状態が悪化した時期を振り返ってみると、小学校入学に備えて、学校まで歩く練習を始めたころと一致することに思い当たりました。

実は、娘は小さいときから歩くのが嫌いな子で、すぐに抱っこをせがみました。ところが、当時通っていた小学校は、子どもの足で片道45分もかかり、そこを毎日往復していたわけです。学校自体は大好きで、毎日楽しそうに通っていましたので、それがストレスになっているなどとは考えもしませんでした。でも、元々歩くのが苦手な娘にとっては、きっとそれがストレスになっていたのでしょう。

病の始まりは皮膚から表現されますが、治っていく過程では、皮膚は一番後回しになります。つまり、より重要な臓器から良くなっていくと考えられます。あるいは、他の臓器の症状が良くなっていく過程で皮膚に症状が出ることもあります。

以前、ストレスからうつ傾向にあった患者さんが、漢方薬による治療をしながら改善されたのですが、久しぶりに受診されてこう言われたのです。

「昔なら精神的に落ち込むようなストレスがあったのですが、今回は精神的には大丈夫です。でも、皮膚にこんなものが出たんです」

お腹の辺りにうっすらと茶色っぽく、乾燥してカサカサした皮疹が見られました。なんという病名を付けてよいか分からないような皮疹でした。かゆみも特にないようでしたので、特にお薬は出さず、続くようならまた受診していただくことにして、様子を見てもらいました。その後いらっしゃらなかったので、問題はなかったと思われます。

もし今、皮膚の症状で悩んでいらっしゃるのなら、薬を塗ったり飲んだりして簡単に片づけてしまおうとせずに、何かストレスになっているものがないかどうか、ご自分の生活、人生を見つめ直してみましょう。

そのことを伝えるために、皮膚がけんめいに叫んでいるのです。その声に耳を傾けてみましょう。