「腸内環境」「腸内細菌叢」「腸内フローラ」という言葉をよく耳にするようになりました。腸内に限らず、私たちの体の表面、つまり外界と接している表面(皮膚、消化管、呼吸器)はすべて、常在菌と呼ばれる細菌に覆われています。これらすべての微生物をまとめて「マイクロバイオータ」と呼んでいます。

これまでは腸内細菌が注目されていましたが、最近では呼吸器系の細菌にも注目が集まってきています。この呼吸器系の細菌叢が、ウイルスによる感染症から私たちを守っていると確信している科学者たちがいます。

インフルエンザウイルスは、主に上気道および下気道の上皮細胞を標的としますが、上気道および下気道は細菌(常在菌)に覆われています。

ある研究では、マウスを抗生物質で治療すると、細気管支上皮の変性が高度で、インフルエンザ感染後の死亡リスクが高くなることがわかっています。また、遺伝子レベルでは、抗生物質を投与されたマウスのマクロファージにおいて、ウイルスに対する免疫に関わる部分の発現が減少していたことが示されました。さらに、抗生物質が投与されたマウスのマクロファージでは、ウイルスの複製を制御する反応の低下がみられました。

ヒトにおける研究も行われています。家族内でのインフルエンザ罹患調査のデータを使ったものです。インフルエンザが確認された個人の家族で、調査開始時にインフルエンザ陰性であった人が対象です。開始時に鼻と喉の細菌のサンプルを採取し、DNA配列から細菌の種類を特定します。細菌群のタイプを5つのグループに分けて、誰がどのグループの細菌群を持ち、それを持つ人がインフルエンザに罹ったかどうかを調べたのです。その結果、ある特定の細菌群を持つ場合、インフルエンザにかかるリスクが低いことが見出されたのです。

私たちの常在菌は、ウイルスに対抗するシステムを持っている、ということですね。そして、それをむやみに叩いてしまうことは、常在菌のバランスを崩し、ウイルスに屈しやすくなってしまう、ということにほかなりません。

今回の新型コロナウイルスが中国で爆発的に感染が広まった理由のひとつが、その辺りにもあるように思えます。

実は、中国では抗生物質の乱用が深刻なのです。

2016年のアメリカ、イギリスと中国の抗生物質の使用量を比較したグラフです。

 左側は、各国間で薬の使用量を比較するのに使われるDID(1日1000人当たりの使用量)での比較ですが、とんでもない差がありますね。右側は使用量全体の比較ですが、中国では、黒色の動物に対する抗生物質の使用量がすごく多いことが分かります。動物においても免疫力の低下が起きていると推測され、動物間での病気の蔓延も起こりやすいと考えられます。

中国では2011年時点で、「毎年、抗生物質の原料約21万トンが生産されており、輸出分約3万トンを除くと、18万トンが国内で使用されている。1人当たりの年平均消費量は約138グラムで、米国人の10倍」「小児科における抗生物質乱用も深刻で、使用量は国外の2- 8倍」「抗生物質を使う必要がないケースが8割にのぼる」という報告があり、その後も使用量は増加していったようです。

ちなみに、日本では2018年の抗菌薬販売量はDIDで12.83ですから、アメリカ、イギリスの半分程度になっています。

抗菌薬の乱用については、これまではおもに耐性菌を生み出すことを問題視していました。しかし、それだけではなく、腸内細菌をはじめとした常在菌のバランスを大きく乱し、本来なら食い止めることができる病原微生物の感染を容易に許してしまうことにつながります。

これらのことから、我々が今後何をすべきで何をすべきでないかが、自ずと見えてきます。何かをすることによる効果は分かりやすく、調査もしやすいのですが、何かをしないことによる効果というのは、なかなか分かりにくいものです。

今回の新型コロナウイルス感染によって、「軽症の場合は病院を受診しないように」という要請が国からなされました。しかし、これが本来あるべき姿です。無用な抗生物質の処方も減らせるでしょう。

「むやみに抗生物質を使用してはならない」ということも当然のことで、風邪のときに抗生物質は効かない、ということは広まって来ていますが、まだまだ徹底していないと思われます。手術後の必要のない予防的投与も行われています。

これを機に、医療とはどうあるべきかを根本から考え直さなければならないと思います。それによって、医療者を救い、医療費を抑制することにつなげていくことができるはずです。

参考文献

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22705104-commensal-bacteria-calibrate-the-activation-threshold-of-innate-antiviral-immunity

https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0207898

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.est.6b06424

http://amrcrc.ncgm.go.jp/surveillance/020/20181128172618.html