前回の投稿から1年以上経ってしまいました。
2025年を、みなさんはどのように迎えられたでしょうか。

つい先日、とても嬉しいことがありました。
心から「ああ、本当に良かった!」と思ったのです。

普段、クリニックで患者さんの皮膚症状や不定愁訴が
漢方薬や栄養療法で軽くなって患者さんに喜ばれれば、
もちろん私も嬉しくなります。
でも、今回のことは格別だったのです。お伝えしましょう。

50代後半のSさんは、2か月ほど前に初めて受診されました。
2年ほど前から私が診させていただいている妹さんから
「姉もいろいろ不調があるので」とご紹介がありました。

「元々アトピー性皮膚炎があって、、、」というお話から始まり、
「夜、よく眠れない、途中で何度も起きてしまう」ということでした。
睡眠がしっかり取れないことから、日中も疲れやすく、やる気が出ない。
というのが、主な訴えでした。

さらに詳しく尋ねると、
途中で起きてしまうのは、トイレに行きたくて起きる、とのことでした。
「水をよく飲むので、夜中にトイレに行きたくなるのかもしれませんが」
とおっしゃいます。

「水をたくさん飲むことを勧めることも多いですが、飲み過ぎは良くないですね」
というお話をしました。
睡眠がよく取れるように、また、元気が出るように、という目的で
漢方薬を選びました。

しかし、症状はほとんど変わりませんでした。
表面的な言葉だけで考えれば、同じような症状の方はたくさんいらっしゃいます。
言い訳にしかなりませんが、土曜日の忙しい診療のなかでしたので
じっくりお話を伺うことができていなかったと思います。

3度目の受診の際、より詳しいお話をお聞きすることができました。
水を飲むのを我慢しようと思ってもできない。
とても喉が渇くから、四六時中水を飲んでいる。
これでも20代のころよりは量が減った。

四六時中?
20代?

これはただ事ではない、と思いました。
「具体的にどれくらいの水を1日に飲むのですか?」とおききすると
なんと、7~8リットルは飲んでいるというのです。
20代のころは10数リットル飲んでいたそうです。

「20代からということですが、これまでに何か検査はされなかったのですか?」
と尋ねました。すると、
「20代のころに自分で調べて、糖尿病じゃないかと思って検査をしたんですが、
異常がなかったので、そのままになっていました」

え~!? ということは、こういう状態が30年も続いているということ?
誰にも見つけてもらえずに、この状態が放置されていたということ?

このとき、私の頭の中には「尿崩症」という病気が浮かんでいました。
国家試験レベルの知識だけであり、実際の患者さんにお目にかかったことはありません。
しかし、それが確定しさえすれば、薬で劇的に改善できるはずです。

早速Sさんに私の考えをお話しし、紹介状を書いて、
大きな病院の内分泌内科を受診していただくことにしました。

尿崩症とは、脳の中央部にある下垂体という臓器から分泌される
抗利尿ホルモン(バゾプレッシン)というホルモンの分泌が
減ってしまうことで起こります。

抗利尿ホルモンは「利尿に抗する」というその名前の通り、
腎臓の尿細管から水の再吸収を促進して、尿量を減らす方向に働きます。
したがって、このホルモンの分泌が減ると、過剰に尿が出てしまい、
その分、たくさん水を欲するということになります。

水をたくさん飲むようになる病気として糖尿病が有名ではありますが、
もうひとつ、この尿崩症という病気も考えないといけないわけです。
ちょっとした喉の渇きや、尿量の増加とは異なり、
尋常ではない状態になっているはずです。

だた、ご本人がそういう状態に慣れてしまって、
そういうものだと思い込んでしまうと、
自発的にお話してくださらない、ということが起きます。

そういう状況から必要な情報を引き出すには
丁寧な問診がものすごく重要なのだ、ということを
今更ながら痛感したのでした。

年が明けて、Sさんが受診されました。

「12月に尿崩症と診断されて、お薬を飲み始めました。
そしたら6時間連続で眠れるんです。
常にペットボトルを抱えていたのが嘘みたい。
今まで靄がかかっていたのが、すっきり晴れた感じです」

この言葉を聞いて、私は心の底からうれしくなったのでした。
ずいぶん時間がかかってしまったことは申し訳なかったけれど、
Sさんのこれからの人生が、すごく変わるはずですから。
診察室を出るとき、Sさんはこんな言葉を残していかれました。

「2025年を明るく始められます!」